過ぎたるは及ばざるがごとし?家族性片麻痺性片頭痛の遺伝子変異が引き起こす学習異常

Dilekoz E, et al. Migraine mutations impair hippocampal learning despite enhanced long-term potentiation. J Neurosci 2015;35:3397-3402.

慶應義塾大学神経内科
企画広報委員
柴田 護

【背景・目的】

家族性片麻痺性片頭痛 (familial hemiplegic migraine)1型 (FHM1)は、P/QタイプのカルシウムチャネルCav2.1のα1Aサブユニットをコードする遺伝子CACNA1Aの変異によって引き起こされる。この遺伝子変異によって、シナプス機能が異常増強された結果、FMH1の様々な神経症状が引き起こされると考えられている。Cav2.1は、海馬ニューロンにも存在し、長期増強 (long-term potentiation: LTP)の発生を始めとした様々なシナプス活動に関与する。FHM1では認知機能障害を呈する患者が存在し、特に視空間認知が重要な役割を果たす記憶障害が出現しやすいと報告されている。本研究では、FHM1の遺伝子変異を有する遺伝子改変マウスを用いて、LTPの異常を電気生理学的に解析し、かつ行動実験によって同マウスの認知機能障害の程度を検討している。

【方法・結果】

対象はFHM1のR192Q変異をホモに有するマウスとS218Lのヘテロあるいはホモのマウスとし、対照は野生型マウスとした。電気生理学的検査では、マウス頭部を定位固定し、麻酔下に海馬に刺激電極と記録電極を挿入した。刺激は海馬交連前部で行い、フィールドEPSP (興奮性シナプス後電位)を放射状層で記録した。高頻度刺激を行うことで、LTPが観察されたが、R192Qマウスでは振幅増強が野生型に比較して有意に大きく、かつfEPSPのスロープもより急峻であった。一方、長期抑制 (long-term depression)の発生に関しては、野生型とR192Qマウスの間で明らかな差を認めなかった。行動解析では、3つの課題が用いられた。恐怖条件付け (fear conditioning)とモリス水迷路は、特に海馬機能と関連の深い課題として選択され、より広範な脳機能を評価する課題としては新規物体認識 (novel object recognition)が用いられた。その結果、恐怖条件付け課題ではR192Qマウスの成績が不良であり、文脈性海馬学習 (contextual hippocampal learning)の低下が明らかとなった。モリス水迷路では、学習過程における隠れたプラットフォームに到達するまでの時間短縮の程度がR192Qマウスで野生型に比較して不良であった。新規物体認識においては、R192Qマウスは野生型と成績に差がなかったが、S218Lマウスではホモとヘテロ共に野生型に比較して成績不良であった。

【結論・コメント】

本研究の重要な所見は、野生型マウスに比較してR192QマウスではLTPの増強が認められたにも関わらず、海馬機能に依存した学習課題では成績が不良であった点である。一般に、LTPの増強は記憶機能の上昇と考えられがちであるが、本研究の結果はそれと相反するものであった。正常なシナプス可塑性は微妙な調節の上に成り立っているため、LTPが増強してLTDは変化しないという状態は、バランスの不良によってむしろ機能異常を来すのではないかと著者らは推察している。また、新規物体認識の成績ではR192QとS218Lで差が認められた。S218LはR192Qに比較してチャネル機能のgain of functionの程度が強く、症状も重度であるという事実と合致する所見といえる。一方、本研究のLTPの異常と認知機能の異常の間に直接の因果関係がない可能性も考えられる。遺伝子改変マウスでは皮質拡延性抑制が起こっているため各課題の成績が不良である可能性も否定できない。