片頭痛に関するゲノムワイド関連解析によって8q22.1に疾患感受性候補遺伝子の存在が明らかになった

Anttila V, et al. Genome-wide association study of migraine implicates a common susceptibility variant on 8q22.1.Nat Genet
2010;42:869-873.

慶應義塾大学神経内科
企画広報委員
柴田 護

【背景】

家族性片麻痺性片頭痛などのメンデルの法則に従って発症する稀な遺伝性片頭痛の責任遺伝子として、P/Q型カルシウムチャネルをコードするCACNA1Aなどが知られている。しかし、より一般的な片頭痛症例の発症に関与する遺伝子異常については知見が乏しいのが現状である。本研究は、ヨーロッパで組織されたInternational Headache Genetics Consortiumがゲノムワイド関連解析 (genome-wide association study: GWAS)を用いて、片頭痛の疾患感受性遺伝子を探 索した研究である。

【方法・結果】

3279人の片頭痛患者 (フィンランド人1124人・ドイツ人1276人・オランダ人879人)を対象に遺伝子解析が行われ、そのうち2731人の遺伝子データが解析に供された。女性が81.2%を占め、前兆のある片頭痛 (MA)のみを呈する症例が21.5%で、MAと前兆のない片頭痛 (MO)の両者を呈する症例が78.5%を占めていた。一方、対照群のデータは、10747人から集められた。様々なマイクロサテライト・マーカーについてCochran-Mantel-Haenszel関連解析を行った結果、8q22.1に存在するrs1835740が片頭痛と有意な相関を示していた。rs1835740のマイナーなアレルである allele Aは片頭痛との相関性について、P値5.38×10-9を示し、オッズ比は1.21~1.33であった。さらに、rs1835740と最大の連鎖不均衡を示すマーカーrs982502とrs2436046とも有意な相関があることも確認された。ハプロタイプ解析によって、27 kbにわたるハプロタイプの存在が明らかとなった。結果の再現性を確認する目的で、上記の3つ国にアイスランドを加え最終的に5933人の片頭痛患者のサンプルを袖収集し、遺伝子解析が施行された。その結果、デンマークとアイスランドのMAのみを呈する群・アイスランドのMOのみを呈する群・アイスランドの片頭痛患者全体においてrs1835740のallele Aとの有意な相関性が確認された。片頭痛病態との関連が示唆されるrs1835740近傍に存在する候補遺伝子として、MTDHとPGCPが挙げられた。線維芽細胞・初代培養Tリンパ球・臍帯血由来リンパ芽球を用いて、rs1835740の遺伝子型とMTDHおよびPGCPの発現レベルの相関が検討された。その結果、リンパ芽球において、MTDH遺伝子の転写産物のレベルはallele Aを有する個体で高い傾向を示した。MTDHの役割としては、グルタミン酸トランスポーター遺伝子SLC1A2の発現を抑制する作用が知られている。従って、allele Aを有する場合には、MTDHの作用が強く発揮されることでSLC1A2 (EAAT2, GLT-1)の発現抑制が起こることが予想される。結果として、グルタミン酸トランスポーターの作用が低下して、シナプスにおけるグルタミン酸濃度が上昇することが推測される。このことは、皮質性拡延性抑制 (cortical spreading depression)や侵害受容に関する中枢性感作の成立促進に寄与しうる現象と解釈することが可能である。

【結論・解釈】

本研究は、GWASによって通常の片頭痛症例において初めて特定の疾患感受性候補遺伝子の存在を示した点で非常に画期的である。さらに、片頭痛発症にグルタミン酸のクリアランス異常が関与することを示唆した点も大変興味深いといえる。